車社会は進行しているが、車文化は欠落しているといえないか。バランスがとれていないのだ。もっとも、安全管理の点では、車検制度の賛否はあるけれど、日本の方が数段上ということもできる。アメリカでは、雨が降りだせば、必ずといっていいほど高速道路で事故が起きる。長大なトレーラーが横転して、長々と道をふさぎ、そこに乗用車が突っ込んでいとにかくタイヤが丸坊主なのだ。走ればいいという感覚があるから、ツルッルタイヤでもいっこうに意に介さない。雨が降れば即スリップ事故だ。そうかと思えば、ドイツにおける運転免許教習は、有名なアウトバーンを時速一八〇キロメートルで何時間も運転させるという。日本ではちょっと考えられないことだが、彼らの頭では、高速を長時間運転して当然であり、それを最初からマスターすべき、となる。お国柄はそれぞれだろうが、残念ながら、公共性の点で日本は、いささか劣っている点は否めない。車に対する意識が、欧米とは異なり極端に私有、所有の感覚が強すぎる。走って、停まるという移動行為は、すべて公共の枠内という認識に欠ける。ドアを閉めればたしかに自分だけの世界であるが、あくまで自由に移動するための交通機関の一種であり、それは公共の交通機関と同じなのだ。車文化とは、まさにこの点を指している。私的所有物を私的に移動させても、法律上、運転は、あくまで「業務上」のものである。ここの認識が欠けているから、駐車場に対する考え方も、かなり曖昧なものになりやすい。もうそろそろ走るだけの車社会から、停めることを前提とした、“公的”な視点による車社会に脱皮しなければならない。そうでなければ、真の意味での車文化の創造はむずかしいだろう。
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