発火合金と白熱ガスランプとの組み合わせ

2011.07.14

炎に点火する当時の簡便な方法はマッチであった。1831年にフランスのシヤルルーソーリアによって黄リンマッチが発明されると、火つきがよいために瞬く間にヨーロッパ中に広まっていった。しかし、黄リンマッチには毒性があり、また、自然発火の危険性があった。その危険性から1912年に世界的に禁止となっているほどである。ウェルスバッハはかつてブンゼンとの共同研究をしていたころ、希土類金属を溶かすために使った鉄製の塔蝸の縁にくっついた鉱滓をヤスリで削り落とすとき、火花が出る現象を経験していた。彼の頭のなかには、この希土類金属の発火現象を利用した安全でかつ安い点火手段ができれば、マッチに代わる巨大な市場が生まれるという目算があったのであろう。ウェルスバッハはそのような製品の開発に着手したのである。実験を進めると、純粋な鉄だけでは火花は発生しないことがわかった。また、純粋なセリウムでも火花は発生しなかった。火花が出る最適な組成を探索した結果、その組成は金属セリウム70%、鉄30%の合金であった。この発火合金の組成は、マントルの製造で大量に発生する廃棄物のセリウムの利用方法として、まことにふさわしい発明である。廃棄物の再利用によって、セリウムを多量に使う発火合金ばかりでなく、トリウムを多量に使うマントルの製造コストも同時に安くなる見通しができたのである。また、種々の希土類元素を含む金属合金はミッシュメタルと呼ばれているが、希土類元素の応用製品を事業とする経営者にとって、ミッシュメタルの用途の拡大はすばらしい発見であった。ウェルスバッハは1903年に、発火合金「アウアー・メタル(AuerMe)」の特許を取得する。特許を得たものの、あくまで原理を示したにすぎないから、実際の製品化に至るまでには、長い道のりが必要であった。それは、この材料は非常にもろく、また多孔質(眼に見えない小さな細かい孔がたくさんあいている個体物質をいう)であったためである。孔ができる原因は、原料であるモナザイトに含まれるリンと、乾燥工程で生じる「オキシクロライド」(酸塩化物)にあった。彼は1907年に開発と製造の拠点として新たにトライバッハ化学会社を設立し、問題の解決にあたった。1908年には「溶融塩電解法」という方法でセリウムを製造することに成功する。この方法は、高温で溶媒となる化合物を溶融させ、金属化合物を溶かし込み、目的の金属を電気分解により直接抽出する方法である。アルミニウムの精錬方法として、米国のチャールズーホールとフランスのポールーエルーによって1886年に考案されていたのであるが、その方法を希土類金属の精錬に応用したのだ。彼のこの「溶融塩電解法」は希土類金属の工業的な製造方法として今日まで踏襲されている、画期的な発明、プロセスーイノベーションである。発火合金と白熱ガスランプとの組み合わせは、今日でいうシステム商品である。発火合金は石油やガスヘの点火手段のみならず、自動車のスターターモーターを置き換えようとする動きにまでなった。1908年には400万本のライターフリントが生産され、彼が亡くなる1929年には、ライターフリントの全世界生産量は100トンにも達した。圧電点火方式が開発された現在でも、この発火合金は広く使われている長寿命商品の代表である。